東京地方裁判所 昭和41年(刑わ)366号 判決 1967年8月31日
被告人 森本一雄
主文
被告人を罰金五、〇〇〇円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は、全部被告人の負担とする。
理由
(本件に至る経緯)
全逓信労働組合(以下単に全逓と略称する)新宿支部は、新宿郵便局及び四谷郵便局に勤務する職員(現在五二八名)をもつて組織された全逓の支部であるところ、同支部は、昭和三八年頃までは、その組織内部において格別の風波はなかつたが、同年の秋期年末闘争中である同年一一月頃から、一部組合員の間に、全逓又は同支部における闘争目標が労働組合活動の域を越え、かつ闘争方法も過激であり、同支部の組織運営の上で組合員の意見が尊重されず所謂非民主的であり、役員の人事も公平性を欠く点がある等を理由として、同支部組合活動に同調できないとする批判勢力が抬頭し、同四〇年三月下旬頃北川博俊を会長、長堀秀雄を副会長とする新生会を結成した。
同会は、その結成当初は、右支部に対し、闘争方法、人事、個々組合員の意見聴取方法等に関する公開質問状を提出したり、支部組合員に対して職場を明るく改善しようとの趣旨及び同会入会方勧誘のビラを配布する等の動きをなし、組合内的存在であつたが、全逓が実施した昭和四〇年度春闘中である同年四月一九日頃から同月末までの間数回に亘り、右北川、長堀を含む合計五七名の者が全逓新宿支部長宛に組合脱退届を提出した上、同年六月一日頃これら脱退届提出者はこぞつて郵政労働組合に加入し、同組合新宿郵便局支部を結成し、右長堀が支部長に、同北川が副支部長に各就任し、同時に右新生会は解消されたが、ここに至り内部的批判勢力を脱皮した所謂第二組合(以下第二組合と称するときは右支部を指す)が成立したのである。ちなみに右郵政労働組合は全逓の第二組合として昭和三三年一〇月発足し、以後逐次組合員数を増し、名称の変更をかさね、同四〇年一〇月、当時の全国特定局労働組合と合体して全日本郵政労働組合(以下単に全郵労、そして前記同労組新宿郵便局支部を全郵労支部と各略称する)と改称したものである。
右のような脱退、分派行動につき、全逓新宿支部は、脱退届提出時から、その提出者に対し、飜意を促がし、脱退を思いとどまらせるため壁新聞や、ビラまき等の教宣活動により、またその家庭を訪問し、懇意な組合員を通じ、個々的に所謂説得行動を続ける一方、同四〇年六月二三日頃右長堀、北川を含む前記分派行動に主導的役割を果した一〇名につき、全逓の上部機関に対し除名上申の決議をし、これに基づき全逓は同年一〇月二六日頃右一〇名中全逓復帰の意思表明をした矢口茂弥を除く九名につき全逓除名の決定をなし、同年一二月六日頃書面により被除名者にその旨の通知をしたが、その後同支部は、被除名者に対しては全逓復帰の説得行動をやめ、専ら滞納組合費を請求すると共に、分派の主導行為の制裁及び抗議として、被除名者とは、仕事上必要ある場合以外に口をきかない、被除名者の仕事には協力しない、支部執行部の指示に基づき被除名者の一人一人に対し別途集団抗議することを決定し、これを支部組合に衆知させた。
以上のような経過を辿つたので、右長堀、北川が、前記新生会結成時から終始、分派組織の主軸の地位にあつたことや、全逓新宿支部における右のような抗議決定等組合員に対する指導もあつて、両名は同組合員に指弾され、事あるごとに裏切者呼ばわりされて居り、かつ、両組合員間の感情的対立も次第に激しさを加えていた。
被告人は、昭和三六年四月新宿郵便局に臨時補充員として採用され、同年一一月郵政事務官となり、同郵便局集配課に勤務し、同三九年九月及び同四〇年九月の各役員改選期に、全逓新宿支部執行委員に選出(任期一年)され、同四〇年六月郵政事務官を懲戒免職された後は、同支部の専従職員として勤務しているものであるが、その組合経歴等から、右長堀、北川に対し平素から強い憤慨の念を抱いていたものである。
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一、昭和四〇年一二月九日正午過頃東京都新宿区角筈二丁目八四番地所在新宿郵便局に於いて、前記長堀秀雄が、当日来訪した全郵労関東地方本部副執行委員長武満秀雄及び同地本執行委員方山保幸と共に、五階の職員食堂にて食事中、当時の全逓新宿支部支部長宮沢重喜が右長堀に対し、全逓の組合員証の返還や、延滞組合費の請求をした際、被告人はその附近に居て右請求の状況を目撃していたのであるが、長堀が食事を終え右武満、方山と前後して食卓を立ち食堂から出ていこうとするや、同食堂内に居合せた他の同支部組合員数名と共にこれに追尾し、食堂出入口前の廊下附近で長堀に追付いて同人の片手を掴んで引きとめたところ、折柄食事のため同所附近に居合せた他の組合員もその場に蝟集し、結局同支部組合員約三〇名により右長堀をとり囲みその行動を困難にした上、口々に同人に対し「裏切者、馬鹿野郎」等の罵声を浴びせているうち、長堀の正面直近にいた被告人と氏名不詳の同支部組合員二、三名の者は右長堀の態度に激昂しこもごも同人の両足脛部附近を数回蹴りつけて暴行を加え、よつて、同人に対し全治まで約三日間を要する左右前脛骨下部打撲傷の傷害を与えたものであるが、該傷害は、右のいずれの者の行為によるものであるかを知ることができず、
第二、同日、全郵労支部が新宿郵便局西側通用口に設置されている同支部専用掲示板に、「組合の加入脱退は本人の自由意思によるものであつて、全逓を脱退する場合も同様である。全郵労の旗の下に集れ」なる旨を記載した貼り紙を掲示したことに憤慨し、同日午後九時過頃、前記食堂において、食事中の前記北川博俊に対し、「お前は副支部長だろう、どうして組合掲示板にあんな貼り紙をしたのだ、全逓の組織を破壊するつもりか」と申し向けながら椅子に座つていた同人の胸倉を右手で掴んで引きよせ、これにつれて立上つた同人に右手拳を振りあげて殴りかかろうとしたところ、同所に来合せた岩本利夫に制止されたが、更に同所に佇立していた北川の胸倉を左手で掴み、右手拳を振りあげて殴りかかろうとし、もつて同人に暴行を加えた
ものである。
(証拠の標目)<省略>
(公訴事実に対する判断)
一、公訴事実第一は、判示第一の傷害は被告人が他二、三名の者と共謀して犯したものとされているが、判示認定の如く多数組合員による抗議的行動中に激昂した被告人等数名の者が暴行行為に及んだものであつて、瞬間的出来事であり、相互認識、意思相通を認むべき資料に乏しく、被告人等の行為は刑法第二〇七条に該当する同時暴行による傷害と認むべきである。
二、公訴事実第一は、判示第一説示の傷害の外、被告人は外二、三名の者と共謀して前記長堀の右足母趾部を足蹴りにし、同部爪甲剥離傷の傷害を与えたものとされているので審案するに、証人長堀秀雄(第一回)同中山重之の各供述によると、判示第一の当日午後六時頃までの間に、前記長堀の右足母趾に爪甲剥離の現象が生じたことが認められるところ、右長堀証言によると、同人は右の爪部分を被告人に蹴られた際激痛を覚え、医者に行く前に爪を見たら、指から完全に剥離し、その部分から出血していた旨供述しているが証人犬塚強一の供述によると、判示第一犯行の十数分後、長堀は右犬塚に対し、全逓新宿支部組合員に乱暴され、脛を蹴られたと称して、靴による汚れの附着した着用のズボンを見せたが、それ以外の部分についての暴行就中爪部分に激痛を覚えたことについてはなんら言及せず、同人から傷はないかと積極的に質問されたが黙然としていたもので、更に右長堀証言によると、当時長堀は、靴下にサンダル履きであつたところ、血液が靴下に附着した形跡も確認せず、又同人は同月一八日頃、歯痛のため執務時間中に歯科医に赴むいた事例があるのに、爪に激痛を覚え出血があるのに同日午後六時頃までそのまま執務していたこと、等の事実が認められ、これらの諸点を総合すると、長堀の爪剥離が判示第一犯行の際被告人等の足蹴り暴行によつて生じたか否か甚だ疑わしいところであり、他に前記爪部分についての暴行傷害を認めるに足る信用すべき証拠は存しないから此の点については証明がないこととなるが、これは一罪の一部分に過ぎないから主文において無罪の言渡しをしない。
三、弁護人は、検察官申請の証人長堀秀雄、同武満秀雄、同北川博俊、同武内二朗らの供述内容は、被告人の本件各犯行が存在しないのに、全逓の第二組合員に対する集団的いやがらせであることを印象づける事実を作為し、殊更な誇張と歪曲にみちたもので、信用すべからざるものである旨主張する。
よつて右の各証言及び弁護人申請にかかる各証人その他本件に顕れた各証拠を仔細に検討し、比較考量するに、本件は所謂第一組合と第二組合の対立抗争中に惹起された事態である為か各証人は自己の立場よりする恣意的観察に基づく証言と思われるものがあり、その取捨に留意すべきであるが、右四証人について、その供述における誇張などに十分留意し検討するにその大綱においては信用に値するものと認められるのである。
(弁護人の主張に対する判断)
一、弁護人は、被告人の本件各行為は、労働組合法第一条第二項所定の同条第一項に掲げる目的を実現するためになされたものであつて犯罪は成立しない。即ち本件被害者とされる右長堀、北川は、いずれも本件発生当時全郵労支部の支部長及び副支部長の地位にあつたところ、判示の如く同人らの全逓からの脱退、第二組合結成等の分派行動は、当時の新宿郵便局長等局管理者の不当労政に基づく同人らに対する諸々の利益供与等の策動に動かされ、これに盲従し、両者が結託したことが端緒となつて発現されたもので、前記脱退届は、全逓が組織をあげて闘つていた春闘の最中を殊更に選んで提出し、かつ、第二組合を結成したものであるから、これら一連の行為は、明らかに公然と全逓の闘争を妨害する意図をもつてなされたと認むべく、その目的、方法、手段いずれの面をとらえても、不当に全逓の団結権を侵害したものと言うべきで斯様に団結権の侵害者に対しては、侵害された団結権を防衛するための組合活動として、復帰のための説得や、背信行為に対する抗議の各行動をなすことは憲法の保障する団結権行使の一態様として容認されるところ、被告人の本件各行為は、いずれも右の説得又は抗議の行動としてなされたものであるから正当である。そしてその行為は、組合自体が当局との間で、争議と同一視される状態になくかつ、組合上部機関からの決定指令に基づく組織的行動でなくとも、少くとも組合が年末闘争中である背景と行為が団体行動の一環と評価されうるものであるから、それが個人的色彩の強いものであつても、右法条所定の団体行動と同視すべきものであつて犯罪の成立は否定され、被告人は無罪であると主張する。
よつて案ずるに、憲法の保障する労働者の団結権は、所謂団結強制を内容とする権利であるから、労働者の組合への加入、脱退も自と制約が存することは当然であるが、他方個々の労働者がいかなる組織体に、どのように団結するかの自由も保障されているところであるから、その法的保護面で若干の遜色があるとしても、原則的には特定の組合への加入脱退は自由であり、本来の組合から分離した所謂第二組合の結成も自由であると言うべく、それが例えば、争議破りとか、管理者と結託して既存組合の団結の侵害のみを目的として行われたような所謂権利乱用とされる場合でなければ団結権の侵害にはならないと解すべきである。
ところで、前掲の如く、長堀らの脱退届の提出は、全逓が昭和四〇年春闘における統一ストライキを実施した時点とほぼ一致していることから、時期のみをとらえれば、右脱退は、ストを撹乱し、もつて全逓の右闘争を妨害しようとする意図に基づいたのではないかとの疑念をさしはさむ余地があるが、前記のとおり全逓に対する批判勢力の抬頭は、脱退届提出より一年半も以前のことであつて脱退届提出に先立つ同四〇年四月五日頃前記新生会から右支部に対し出された質問状(昭和四一年押第一五三三号の三六)に対し同支部は、誠意のない回答をなした為、同会会員はこれ以上全逓の内部にとどまる余地がないものと判断して右脱退届を提出するに至つたことが認められるので、これらの径過によれば、偶々この時点で、はじめて分裂の機が熟したものと認むべく、殊更作為して弁護人所論の目的をもつてこの時期を選んだものとは認め難い。また脱退の理由は前掲のとおりであり、それが真に当を得たものであつたか否かはさておき、外型的には脱退者にとつて、一応理にかなつたものと言いうるところ、本件証拠上、脱退者において、その当時、積極的に反スト的行動、とりわけ、全逓新宿支部の罷業を妨害したり、当局者に協力して、スト破り的行為に及んだ事実の存在は認め得ないから、右脱退目的が団結を破壊する意思でありながらこれを糊塗するために表面的に右の如く標榜したに過ぎないとは言い難い。なお又、証人高橋勇一の証言によると、新宿郵便局において、当時の局長加藤秀松外同管理者が、組合の労働運動に対し比較的対策が強硬でこれを弾圧する如き風潮があつた一方、同当局者が前記新生会結成当時、全逓新宿支部組合員の一部に対し、全逓からの脱退や、同組合未加入の者に加入をやめるよう働きかけたり新生会結成につき或種の助力を与えたことを推認させる事実の存在が窺えるが、右の助力の具体的事実及び、これが右会成立に大きな作用をもたらしたものと認める資料はなく、それ以上同会が局管理者と所謂結託していたものと認めるに足る信用すべき証拠は存しないし、更に、第二組合発足後、同労組に対し、局側から特別のはからいが与えられた事実も、これを認めるに足る信用すべき証拠はない。そして局側のなした右の如き助成や全逓への加入を阻止したり、同組合員に対する全逓脱退の呼びかけは、当局の全逓に対する不当な行為であるに止まり、第二組合と全逓間の間に直接的関連をもたせるものとは言い難い。以上の諸点に徴すると、前記第二組合結成が、全逓の組織を弱体化して団結権を破壊し、もつて闘争の妨害のみを目的としたものとは言えず、更に時期、手段方法等も、社会観念に照らし、強い指弾を受くべき性質のものではない。従つて右行為が不当な権利行使即ち団結権の乱用であるとする訳にはいかない。
ところで第二組合の結成は、多くはその所属組合からの脱退が当然の階梯であり、必然的に組合員の減少をきたすのみならず、内部的に意識の撹乱を生み、諸々の障害が生じ、その結果或程度団結面に弱体をもたらすことは否定できないところであるが、それは分裂により派生する本質的現象であつて権利乱用にわたらない第二組合の結成である限り、これは真にやむを得ない事態というべきであるが、団結に亀裂を生じた場合、これを拱手すべきいわれがないことも当然であつて、脱退者に対し復帰のための説得や、その一環としてより以上の分裂の危殆拡大の一般的予防と制裁的意味からなす抗議の各行動はこれを容認すべきものと解される。そこで被告人の本件各行為が説得或いは抗議の行動として正当視されるか否かについて判断するに、右長堀、北川らが脱退届を提出した後、同人らに対し全逓支部から復帰のための呼びかけがなされたが、脱退者の多くは一顧も与えなかつたため、全逓支部組合員から裏切者等罵倒されることが多く、感情的対立も次第に激化し、全逓のなした除名処分後は最早復帰のための説得活動は全面的に断念し、専ら抗議行動にその対処を移し、その抗議内容も、集団的圧力を含む所謂村八分的意味合をもつた方法であつたことは前掲判示のとおりであり、これらの事実と、判示の如き、犯行時の情況とりわけ長堀に対し概ね三〇名で取囲み、その進退の行動を束縛した上罵声を浴びせる喧騒の雰囲気裡に判示の暴行に及んだこと等の事実を総合すると本件行為は説得行為に該当しないことは明白であり、被告人には或程度の抗議目的があつたことは窺えるが、他の感情の併存も否定できず、抗議行動としては、著しくその範囲を逸脱したものと言わざるを得ない。又、判示第二の点についてみるに、犯行の動機は判示の掲示をなしたことであるが、第二組合がその組織を拡大するために全逓組合員に対し、第二組合への加入を働きかけることは、その方法等において社会観念上是認できない場合を除き、団結権の効果として法認された当然の手段であるところ、右掲示を検討するに、その内容は平穏で、通例的のものであり、全逓に対し特に刺激的、挑発的文言とも言い難く、その掲示場所は第二組合専用の掲示場であること等にかんがみれば、それは組合活動における組織増加を図る方法としては極めて平凡で通俗的な部類に属するものと考えられるから、これが社会観念上不当な行為とは言えない。しかしながら対立組合が併存する場合、その掲示を向けられた側においてそれに対する措置として或程度の抗議をすることは許されるが、右の如く、掲示自体不当なものでない限り、この対抗手段も又これにひつてきする範囲即ち平穏なものに限定されることも多言を要しないところ、その当時における全逓新宿支部の闘争経過、第二組合の活動状況とりわけ第二組合が平素から同支部組合員に対してなしていた第二組合加入の呼びかけが奏効せず、全逓切りくずしが図られなかつた現状からすれば、右掲示によるも、全逓の組織上に直ちに新たな破壊を招来することなく、従つて現に継続中の全逓の闘争にいささかの支障も生ずる虞れはなかつたものというべく、これら四囲の状勢をしん酌すると、判示の如き北川に対する暴行は、社会観念上許容される組合活動の範囲を逸脱しているものと認めざるを得ない。
従つて、被告人の行為が労働組合法第一条、第二項にいう正当な行為であるとの主張は採用できない。
二、弁護人は、被告人の本件各行為は、説得又はこれに関してなした抗議行動であるが、これに行き過ぎがあつたと認められるとしても、それは次のような理由から所謂超法規的違法阻却事由に該当し、実質的違法性を欠くから犯罪は成立しない。即ち被告人の行為は、右長堀、北川らが主導する第二組合が、現に全逓が全組織をあげて加藤秀松新宿郵便局長追放闘争を継続する最中に、当局者と結託して全逓新宿支部組合員に対し、同組合を脱退して第二組合に加入するよう執拗に呼びかける等全逓の組織破壊行動に出た為、右支部を擁護するためになしたもので、その目的は正当であり、団結権は本質的に法認された自救行動を包蔵するから方法において必要であり、手段は相当であり、更に右団結権と長堀、北川の個人身体の安全に対する権利との法益の均衡を考えると前者が後者を凌ぐこと自明であり、また本件発生時における全逓、第二組合、局管理者の相互の動き等前掲の如き周囲の諸々の事情を総合すると、被告人は本件各行為に出ざるを得なかつたもので、このことは社会的にも首肯されるから所謂事情においても相当であつて、被告人の行為は実質的違法性を欠くものである、と主張する。
被告人が本件各行為に及んだ際、或程度の抗議目的のあつたことは前記説示のとおりである。しかして本件当時の客観状勢は、その期における全逓新宿支部の闘争主目標は概ね達成された状態にあつたこと、第二組合が当局者と結託した明確な事実は窺知できず、かつ、同組合の全逓新宿支部組合員に対する前記呼びかけが違法不当のものでないこと、長堀、北川らにおいて、加藤局長追放闘争等、その際の闘争全般につき積極的な妨害態度を示す顕著な反全逓活動をした事実の認め得ないことは、いずれも前記説示のとおりであるところ、これらの諸点に、本件各証拠により認めるその当時のその余の諸般の事情を総合するに、被告人は、当時全逓新宿支部の幹部の地位にあつて一般組合員の範となるべき立場にあつたのであるから本件のような暴力の行使に出る外に他に適当な方法がなかつたものと認めることはできないし、判示の各所為が社会通念上許容される限度を越えたものであることは既に説示のとおりであつて手段方法において相当性を欠如しているから、被告人の行為が所論の如き実質的違法性を阻却するものとは認め得ない。
よつて、この点に関する主張も採用しない。
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為は刑法第二〇四条、第二〇七条、第六〇条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、判示第二の所為は、刑法第二〇八条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に各該当するところ、刑種の選択及び量刑につき案ずるに、本件は判示の如く前記長堀、北川らが反全逓の組織を形成した分派活動が端緒となり、直接的には労働者間の軋轢であるが全逓の団結権を擁護するための抗議目的もあり、これが報復的観念と混然となり、組織活動の未熟性と十分な思慮を欠いた結果、抗議行動の範囲を越えて惹起されたものであるところ、被告人の抱いた右目的意識、事件の経過、犯行の態様等諸般の事情を総合し、これをしん酌すると、所定刑中、いずれも罰金刑を選択するのが相当であり、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項により各罪につき定めた罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金五、〇〇〇円に処し、同法第一八条により、右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部被告人に負担させることとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 津田正良 伊藤俊光 近藤繁雄)